(第5回) 蛸壺会社にならないために ― 企業ガバナンス強化に向けた経理・財務部の在り方

どうする日本の経理・財務部 --- 或るCFOのつぶやき
(第5回) 蛸壺会社にならないために   ― 企業ガバナンス強化に向けた経理・財務部の在り方

 

2016年6月2日

いやー、ちょっと酷いものを見てしまいました。先日、あるホテルのエレベーターに乗っていたら、一人の男が乗り込んできて、ずっとドアを手で押さえているのです。エレベーターには、私の他にも何人か乗っていたのですが、その男はドアを押さえたまま、外をキョロキョロ見回しています。暫くしたら、社長と思しき人物が平然と乗り込んできて、その男に向かってこう言いました。「オッ、ご苦労!」ドアを押さえていた男にとって、社長がすべてであり、私を含めて他の利用者のことはまったく眼中になかったようです。彼にとって重要なのは、その会社の中のルールや上下関係だけであり、一般社会の規範には全く無関心だったのでしょう。立派な風態のその社長さんも同じです。それを見ていて、私は怒りを通り越して、本当に情けない気持ちだけが残りました。
グローバル化が進む日本企業において、透明性や公平性が求められる企業ガバナンスの問題は、もしかしたら日本人にとって最も苦手な分野なのかもしれません。今月は、この企業ガバナンスの問題に対して、経理・財務部はどう向き合えばいいのか、2回にわたって取り上げてみたいと思います。

1.日本人の悪い癖

270年続いた江戸時代を通して、武士はそれぞれの藩に帰属し、生活の全てを藩によって規定されるようになりました。加賀藩の武士は、加賀藩のルールだけに縛られ、日本全体のことには関心が向かなかった事でしょう。同様に、農民は職業の選択や移動の自由が禁じられた村落共同体の中で、共同体内部にしか目の向かない生活を余儀なくされていました。その後、明治維新から太平洋戦争までの時期は、中央集権体制の下、珍しく日本人は国全体というものを強く意識するようになった時代だと思います。しかし、それも束の間、戦後の高度経済成長を通じて沢山の企業が成長し、都市や農村から多くの人々がこれらの企業に就職し、その一員になりました。この時期、常に人手不足に悩まされた企業は、わが国特有の雇用形態である年功序列・終身雇用を生み出し、企業一家が形成されました。こうして、日本人は、再び、自らが所属する会社にしか目の向かない会社人間となり、かって武士が藩に農民が村落に帰属したように、その企業に全てを託すようになった訳です。当然、こうした制度の下では企業間の雇用流動性は極めて低くならざるを得ず、企業は一旦入ってしまうと二度と出る事の出来ない蛸壺のようなものになってきました。もちろん、ゆりかごから墓場までではないですが、人生の全てを守ってくれる企業にどっぷりと漬かってしまえば、それはそれで居心地の悪いものではなかったように思います。少なくとも、蛸壺の中にいて、蛸壺の中のルールを守っている限り、外敵に襲われる事もなく、一生安定した日々を送ることが出来る訳ですから。

 

2.企業における不正事件の増加

最近、東芝の不正会計や東洋ゴムの性能偽装、三菱自動車の燃費偽装など企業の不正事件が続発しています。蛸壺の中のルールさえ守っていれば、多少世間のそれとかけ離れていようと気にしなかったのでしょうが、しかし、もうそんな事を言っていられる時代では無くなりました。投資家は企業の持続的成長と中長期的な企業価値の向上のためコンプライアンスを強く求め、市民は企業の社会的責任を厳しく問うようになりました。何より、日本企業がグローバル市場に進出していくに従い、いつまでも日本の中だけのルールが通用するはずもありません。
企業の不適正会計・経理の件数は、図1にあるように年々増加し、2015年度には過去最多を更新しています。

(図1)不適切会計の推移

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(開示した上場企業、2015年度は2016年2月9日まで)
※ 出典:東京商工リサーチWebサイト http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20160414_01.html

 

そして、注目すべきは、そうした不適正会計や経理の発生した当事者が、子会社・関係会社で最も多かったということです。図2に見られるように、従業員や役員等の人為的な不正による事例も相変わらず多いものの、企業のグローバル化に伴う海外現地法人やM&Aよって取得した海外子会社、そして、グル-プ経営の進展による関連会社等を発生当事者とする事例が大幅に増えているのです。これまでブログでも述べて来たように、日本企業の急速なグローバル化、グループ化の進展に、経理・財務システムが十分対応し切れていないということがその大きな要因の一つといえるでしょう。不正事件の原因はそれぞれ多岐にわたっているのでしょうが、これまで見過ごされてきた国内の子会社・関連会社や、現地任せにされてきた海外子会社の経理・財務管理の充実が喫緊の課題になって来ていることも事実なのです。

(図2)不適切会計の発生当事者数の推移

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(開示した上場企業)
※ 出典:東京商工リサーチWebサイト http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20150422_01.html

 

3.ガバナンス強化への経理・財務的対応
このような会計の不適正事件に対しては、企業のグローバル化及びグループ化に対応した財務的ガバナンス強化の取り組みが不可欠です。即ち、大規模化、複雑化している国内子会社や海外子会社の多様な財務情報の集中化とその“見える化”の推進が必須となってきているのです。
一方、こうした不適正会計のもう一つの原因として、企業の業績評価に用いられる指標に問題があるように思います。特に、これは東芝の不正会計事件に象徴的に表れているのですが、日本では業績評価指標(KPI)に用いられているのが、売上や利益と言った過去の企業業績を示す利益指標に偏っているように思われる点です。株主等に向けて約束した経営目標を達成するため、経営者の中には利益数値を無理やり引き上げるようなことがあっても不思議ではありません。利益に関する財務数値は、不正に操作する事がやり易いという欠点があります。東芝のケースでは、会社ぐるみでこうした操作が行なわれたのでしょう。期末の押し込み販売を例にとれば、財務決算的には売上げは伸びて見えるものの、それは翌期の先食いにしかすぎず、経営実態とは言えません。財務数値を業績評価指標の中心に置く古い体質が未だ日本企業に残っている限り、こうした問題は残るでしょう。これに対し、一定時点の企業活動の実態を的確に示し、操作等が比較的困難なのがキャッシュフローです。期末の押し込み販売をキャッシュフロー的に見れば、売上代金が回収できないので数値は不変です。キャッシュフローをベースにした指標が重要となる所以ですが、同時に、日々刻々変化する国内外のキャッシュフローを迅速に把握することも必要となってきます。

(図3)企業の業績評価指標の実態
事業部門からグループ本社に対して報告している業績評価指標

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※ 出典:論文「わが国企業における業績評価指標の実態分析」よりhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/mjmar/2/1/2_23/_pdf

 

グローバル化、グループ化が進展する日本企業にとって、その財務的ガバナンスを強化する事は中長期的企業価値の向上を図る上で喫緊の課題です。
今や、蛸壺の中だけを見ているようでは、日本企業の経営は成立し得なくなっています。こうした時代に生きる経理・財務マンは、冒頭のエレベーター男のようにならないために、目線を広く高くし率先して財務的ガバナンス強化を進めていく気概を持つことが重要になっていると思います。

以上

ブログについて

どうする日本の経理・財務部ー或るCFOのつぶやき 
大手情報通信会社にて長年企画・財務業務に携り、その後、金融子会社でグループのトレジャリー・マネージメント・システム導入に携ったCFOによるブログ。
執筆者の経験を元に、今の日本企業における経理・財務部の在り方や課題について感じたこと提案、今、日本企業が直面する大きな変化にどのように立ち向かうべきかという執筆者の考えを、現在経理・財務部門で働く人たちに向けて語ります。

 

執筆者プロフィール
Reval Japan株式会社 会長、今川 愼一(いまがわ しんいち)
大手情報通信会社にて長年企画、財務業務に携り、その後、金融子会社のCFOを務める。グループのGCMS、TMSシステム導入を図り、財務のグローバル化を推進する。

 

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